「天使と悪魔」読了

「Asukaの図書室」を更新。

テロリズムの目的は恐怖と不安を生み出すことです。不安は体制に対する信仰をむしばむ。敵を内側から弱らせるわけです・・・大衆を動揺させてね。(中略)テロリズムは断じて怒りの表現などではない。それは政治的な武器です。過ちを犯さないという政治の仮面を剥ぎとることで、人々の信仰も剥ぎとるのです」

善と悪を生み出すものというのはなんだろう。置かれる立場が変れば、善と悪の認識も大きく変る。その良い例が現在のイラク情勢ではないだろうか。国際社会で力をもつアメリカの立場で「善」として捉えているものも、きっとイスラムの人々からすれば「悪」になる。
アメリカの「善」を押し付けられて、イラク戦争が行われ、独裁者といわれた人物が国外に脱出した後、アメリカの「善」がもたらしているものは、憎しみと破壊。それが本当にイラクの人々からすると「善」なのだろうか。
テロを起こしている集団の立場にたてば、アメリカこそが「悪」で、自国に侵略してきた「悪」を排除することが「善」だとすれば、そこに「善」は存在するわけだ。
キリスト教の歴史をひもといて見れば(高校で習うくらいの世界史の知識しかありませんが)、それこそ中世カトリックが行ってきたことは、聖書の名のもとに置かれた「善」に乗っ取って行われた「悪」なのではないだろうか。後に宗教革命がおこりプロテスタントがうまれ、同じキリスト教の中で、それぞれが「善」「悪」を主張しあうことになっていく。
結局、人間は善と悪という大義名分を掲げてこれからも争いあっていくのだろう。