感想

ヴァチカンからの暗殺者 (新潮文庫)

ヴァチカンからの暗殺者 (新潮文庫)

韓国訪問を予定しているローマ法王を、密かにKGBが狙っている・・・。
法王を守るためその側近たちが出した結論は、アンドロポフ書記長暗殺だった。「法王の使者」として選ばれた男は、亡命したポーランド秘密保安機関のエリート少佐。妻を装った若く美しい修道女を道連れに、クレムリンへの長く危険な旅が始まる。
大胆な構想で展開する、息もつかせぬポリティカルサスペンス。

東西の冷戦時代が終結して長い時間が過ぎている。今では、ソ連と言われていたことさえも歴史の教科書の1ページに見るだけである。
それでも、同じ時代を生きてきた私達の片隅には当時の様子を書かれれば、思いおこせるだけの知識と経験があることは幸せなことでさえある。
この作品はまさにその埋もれつつある知識を使うことによって、面白さが倍増するのである。
冷戦時代が終わった今でも、十二分にサスペンス小説として楽しむことができるのである。


ローマカトリックの総本山である、バチカンから暗殺者を東側に送り込む。それもソ連の最高指導者でもあるアンドロポフ書記長の首を狙うのだ。こんな大胆な構想を思いつき、さらに、すべてをフィクションのなかで進行していくのではなく、随所に真実を交える。
どこからどこまでが小説の世界なのか、実は本当に「法王の使者」なる人物がいたのではないかと思わせるほどの、プロットの秀逸さ。
完成度の高い作品であることは間違いない。


東側が悪の象徴であるのは間違いないのだが、その悪の要素を取り去ろうとする自分達も、善として象徴である、ヴァチカンの中の悪であることを自覚している。それでも、ネガティブな行いでネガティブな企みを打ち消さざるを得ないと考える、「ノストラ・トリニタ」と名乗る3人のヴァチカン司教たちの心理的決断。
「法王の使者」となった、ポーランドの秘密保安機関のエリート少佐だったスツィボルを突き動かすネガティブな感情。その感情を生み出すきっかけとは・・・。
両親を事故で無くし、終生、修道女として誓いを立てた美少女。神の考えなのだと「法王の使者」に随行することを受け入れてしまうネガティブさ。
人間のマイナスの感情が掛け合わされ、結果的にプラスなことなのだと考えることのズルさが、結局登場人物の救いとなっていることの皮肉と悲劇。


ベスト・オブ・クィネルと言っても過言ではない作品である。
クィネルへの追悼の一冊として読むべき作品だと言いたい。