感想

(上巻)警視庁捜査一課警部補の宇津木冬彦は、「有馬住宅センター」社長・有馬安正の妻から捜査依頼をうけた。彼女は、”有馬は殺されているから調べてみるように”という電話を謎の男からもらったというのだ。奈良・高松塚古墳の被葬者は誰なのかという研究を続ける有馬は、「飛鳥にいく」と言って家を出たまま消息を絶っていた。宇津木はまず、有馬が借りていたマンションを訪ねるが・・・
同じ頃、高松塚の近くで、有馬の首なし死体が発見された。奇しくも、高松塚の被葬者にも首がなかった。首なし死体の意味は?そして、電話の男は誰なのか。
高松塚古墳の謎に絡んだ奇怪な殺人事件。
(下巻)宇津木警部補が行方を追っていた有馬安正は死体となって発見された。宇津木は首無し死体に秘められた犯人からのメッセージをさぐろうと飛鳥に向かうが・・・。男の首が、岩手県江刺市を流れる人首川で発見された。東京−飛鳥−江刺を結ぶ殺人ラインの意図は?
宇津木は、有馬と高松塚古墳の被葬者について論争を展開していた藤辰彦をマークするが、藤には有馬の死体を飛鳥に棄ててくるのは絶対に不可能だった。そして事件の鍵を握ると見られていた女性が、飛鳥の蘇我入鹿首塚で絞殺体となって発見された。さらに浮かび上がった二年前の殺人事件。

当時は西村京太郎の大ヒットによって、いろんな作家がトラベルミステリという分野で数多くの作品を発表し、同じような時刻表トリックが氾濫していた頃でもあった。
また、吉野ヶ里遺跡の発見をはじめ、飛鳥地方での銅鏡の発見や、信長の野望をはじめとする歴史シミュレーションゲームの影響をうけ、歴史の題材を含んだ、旅情ミステリなるものも見え始めた頃でもある。
深谷忠記も「法隆寺の謎殺人事件」や「邪馬台国の謎殺人事件」等の荘・美緒シリーズと呼ばれる作品を手がけていた。
歴史の謎を絡めたトラベルミステリであったことを記憶している。


この「飛鳥殺人事件」では、荘・美緒シリーズから抜け出し、新たな探偵役の宇津木冬彦なる警視庁の警部補を登場させた。
この選択は成功だったと私は思う。
刑事が捜査することにより、警察小説の態を取ることが出来る上に、ストーリーの展開も自然に感じられるからである。やはり、素人探偵が活躍するのは、捜査に無理を感じるのである。
新キャラクターと言うこともあり、この宇津木については丁寧に書かれている印象を受けた。37歳という働き盛りで一途な、それでいて少し不器用なところ。また、(ありがちといえばありがちだが)仕事に打ち込みすげたあげく、家庭崩壊を招き、その修復にも気をかけていたり。わたしの年代からしてみれば、ちょっと古いような感覚でありながら、共感できてしまう、雰囲気をもっているのだ。
その、相棒に抜擢された所轄の刑事、新条という男も憎めない、良いキャラクターだ。宇津木とは反対な、どちらかといえば今の若い世代に通じる、自己主義の持ち主。ただ、わがままなだけではない、芯の通った男でもある。それゆえに憎めないのであろう。


そんな二人が取り組む謎は、ハウダニット
誰がという謎は、早い段階で容疑者が登場するのでクリアされ、なぜという謎も、比較的簡単に行き着く。どうやって、それも首と胴体を、飛鳥と江刺に分割したのかが焦点。
時刻表トリックは無し、被害者も一人なので入れ替えトリックも無し。純粋にどうやって、分割して遺棄したのがをひたすらに考えていく。
意外な逆転の発想があって、おもしろい。


高松塚古墳にまつわる歴史の謎については、導入部分で見られるものの、ストーリー全体を通してみれば、重要なファクターにはなっていない。表紙やタイトル、またあらすじから歴史ミステリを期待して読み始めてしまうと、裏切られた気持ちになってしまうのではないだろうか。反対に警察小説を期待できる売り方でもないし。そんな点が私には、もどかしいかぎりである。
歴史旅情ミステリというよりも、捜査をじっくりと書き込んだ、しっかりとした警察小説なのである。